ドリフターズ6巻感想!漂流者(紫)が廃棄物(EASY)と戦う理由は?

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ワタクシ、以前一緒に働いていた同僚に「漫画ソムリエ(=私が好きそうな漫画を紹介してくれる)」がおりまして、すすめてもらって読んでいるのが「ドリフターズ」です。

久しぶりに新刊の6巻が出て、買って読んだので感想を!

紫とEASYの哲学的問答

チェス板

ドリフターズ6巻では、ついに漂流者と廃棄物が全面衝突します。

その戦い自体、流れがあっちに行ったりこっちに行ったり大変に濃いのですが、6巻全体で心に残ったのは、節々で挟まれる、紫の「哲学」ですね。

特に最初のEASYとの問答は、深くて考えさせられます。

豊久が、関ヶ原の戦いと似た地で戦うことを運命だと考えたことに、「運命などない」と独りごちる紫。

そんな紫に対し、人間はチェスの駒のようなものでルール通りにしか動かない、というEASY。

しかし、紫は

人は自ら人智を超える珍妙な生き物だ。気ままに生き、きままに死ぬ。

と答え、EASYが駒扱いしている廃棄物が、EASYの意志に反して動く時がくることを暗示します。

ぽこ
ぽこ

そしてそれは6巻最後の、廃棄物・土方歳三の反旗につながっていくんですね。

紫の「思想」にもう一歩踏み込んで

紫は大戦前に、こう独りごちます。

戦え もし生命も戦も進化も死も生も全て無意味だとしても だが意味を見いだすことも意味を持たせることもできる 人間だけがそれを出来る!!

紫は、基本的にはニヒリストなんですね。

でも、悲観的なニヒリストではなく、前向きなニヒリスト。

「意味がないからこの世界と人生を生きることは無意味」なのではなく、「世界と人生は無意味だからこそ自由」というわけですね。

ぽこ
ぽこ

だ、だいさんせい~~~!!!

だからこそ「運命」だと悟り、もう一度「命捨てがまり」をしようとする豊久に、

さだめなどないんだ!!思考を自動化するな!!魂を自動化するな!!

と思うわけですね。

カッコイイなあ…。私の心の中にも紫に居てもらって、しかるべきときに「魂を自動化するな!!」と叱ってほしい…。

ドリフターズで行われているのは思想の対決?

さて、この紫の哲学と、前の5巻で黒王が言っていた「永遠の暗黒時代」思想を考えると、ドリフターズの世界で行われている戦いは、実は思想上の戦いなのではないか?という気がしてきます。

黒王の言う「暗黒時代」は、おそらく中世ヨーロッパのことで、キリスト教の教えが世界を支配していたため、聖書の記述に反するような科学的知識が弾圧を受けた時代のことでしょう。

ぽこ
ぽこ

ガリレオの「それでも地球は回っているんだ!」の時代ですね。

黒王の正体が、作中でほのめかされている「あの人」なのかどうかはさておき、EASYと廃棄物が作ろうとしている世界は、生き物が自由に知的活動を行わない世界でしょう。

賢すぎる(=文明を発達させる)が、ある意味バカ(=文明を発達させすぎて世界を滅ぼす)な人間に代わり、世界を滅ぼすだけの知性を持たないバケモノたちの世界にする、と。

でもまあ、晴明が言い返したように、バケモノたちが世界の主導権を握れば、バケモノたちも知性を身につけ、人間と同じ道をたどるでしょうね。

ぽこ
ぽこ

手塚治虫が「鳥人体系」で描いたストーリーですね。

EASYが黒王と廃棄物を使って、知的進化のない「固定」された世界を作ろうとしている目論見を、紫は漂流者を使って阻止し、世界の知的自由を守ろうとしているのかなあ…と。

ドリフターズの世界が描かれている「スケール」は?

パソコンと新聞

そうするとドリフターズは、非常に大きなスケール、人類史、地球史をかけた戦いということになるのですが、気になるのは、紫とEASYがやりとりする空間の「妙さ」ですね。

この「妙さ」というのは、妙にすっきりしていてゲームの世界っぽい…ということです。

ドリフターズの戦いはどこかの異空間で壮大なスケールで行われているものなのか、実は紫とEASYのゲームの一環で、深みはあるとは言えバーチャルに過ぎないものなのか…。

まだ6巻までの描かれ方では、その点については何とも言えないですね。

まとめ

6巻は話自体は非常におもしろかったのですが、ストーリーの流れ自体にそれほど難しさや謎はなかったため、紫の思想に偏った感想になってしまいました。

この巻であまり登場機会がなかった漂流者や廃棄物たちが、どこで何をしているのかが気になりますね。

次の7巻、いつになるかわかりませんが、気長に待ちたいと思います~!

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