手塚治虫「火の鳥・羽衣編」感想・レビュー!人類の歴史と愛する人を天秤にかけられるか…

手塚治虫作品
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ぽこ
ぽこ

ただいま火の鳥シリーズを順番に読んでます!

今回は非常に風変わりな「火の鳥・羽衣編」の感想です!

「火の鳥・羽衣編」ってどんな物語?

「火の鳥・羽衣編」は火の鳥の7巻目にあたる物語です。

奇数巻は過去の物語で巻数が進むと時代が進む火の鳥シリーズにおいて、7巻目となる羽衣編は、時系列で4番目に古いお話です。

3番目に古い奈良時代中期を描いた鳳凰編からおよそ100年後、平安時代中期「平将門の乱(939年)」頃が舞台です

羽衣編は、火の鳥シリーズの中で非常に風変わりな作品となっています。

まず羽衣編は、他の火の鳥シリーズとくらべて極めて短いお話です。

40ページくらいしかなく、10分程度で読み終わってしまいます。

また、物語そのものが舞台で演じられていて、それを見物する観客が作中に描かれる…という特異なスタイルになっています。

羽衣編の風変わりなスタイルの謎

さて、羽衣編は作中の舞台で演じられている劇…要するにフィクションの中のフィクションです。

舞台で演じられる物語は平安時代のお話なのですが、舞台を見ている人たちの服装を見ると…少なくとも明治以降の現代に近い服装です。

火の鳥シリーズの、奇数巻は過去から現在へ・偶数巻は未来から現在へ近づいていくという構造を思うと、舞台が「演じられている」時代も過去でも良かったのではないかと思ってしまいます(平安時代には舞台劇はなかったのかもだけど)。

羽衣編がなぜ舞台という設定になっていて、さらになぜ公演を現代に設定しているのかというと…

推測ですが、羽衣編にサクッと「タイムスリップ要素」が出てくるためなのかなあ、と。

火の鳥シリーズは壮大なSFストーリーではありますが、超現実的なエピソードも読者がなるべくリアルに感じられるように描かれるという特徴があります。

しかし、羽衣編の「タイムスリップ」はやや安易な感じで、アッサリと火の鳥の力で未来から女性がやってきます。

この「安易なタイムスリップ」を、「まあとりあえず漫画の世界だから」という感じで、かえってさらにフィクション性を強めようとしたのかなあ…。

羽衣編がフィクションの中のフィクションで、さらに現代人を観劇者とすることで、物語のフィクション性をむしろさらけ出す方向にしている気がします。

ぽこ
ぽこ

おかげで羽衣編の「火の鳥シリーズにしては安易なタイムスリップ」は、私は読んでいてあまり気になりませんでした。

人類の歴史と身近な人物…どちらを取るか?

ここからは「火の鳥・羽衣編」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。

羽衣編は非常に短い物語にかかわらず、かなり濃い内容となっています。

戦争で収容所に入れられた未来人おとき(25世紀くらい)が、火の鳥に「過去の歴史を変えない」という約束で平安時代にタイムスリップさせてもらいます。

羽衣」というのは、その未来人おときが着てきた未来の衣服のことです。

ぽこ
ぽこ

平安時代の人間からすると、確かに25世紀の衣服は薄いのに温かく「羽衣」に見えるかもしれませんね。

おときは平安時代の漁師・ズクと結婚しますが、ズクがある日、戦に招集されることに。

おときはズクの招集を見逃してもらう代わりに、ズクを招集に来た武士に未来の衣服を高級品だとして渡してしまいます。

おときは「未来の発明品を過去に持ち込んで人類の歴史を変える」という大罪を、愛する夫ズクのために犯してしまおうとするわけです。

これ…非常に深い難問ですよね。

人類全体の保全と、身近な人への愛を両立できないとき、人はどうするべきなのか?

「世界を愛するがゆえに身近な人を愛する」のか、「身近な人を愛するがゆえに世界を愛する」のか。

単純な解決法は「身近な人も世界の一部」だと考えることです。

「世界を愛することも身近な人を愛することも同じ」ということですね。

しかし、言葉では簡単に言えますが、実際にこの場面でおときはどうするべきだったか。

…こうなると難しいですよね。

うーん…やっぱり未来の衣服を渡してはダメ…でしょうね。

いや、もちろんそうなんですけど、おときを責められるほど自分が正しいかと言うと、そうも言えないですね…。

言葉で言うのは簡単だけど現実の世界で実践するのは難しい…しかし、私たち人間は実践の世界で、何とか現実と格闘していかねばならないのですね。

羽衣編はハッピーエンドか悲劇か

羽衣編は、おときが禁忌を犯してタイムパラドックスを作り出してしまうのか…というと、このままでは終わりません。

おときが「羽衣(未来の衣服)は絶対に人に渡せない」と言っていたのを知っていたズクは、命がけで羽衣を取り戻しに行くのです。

しかし、1年経ってもズクは戻らず…。

おときは、ズクとの間に生まれた赤ちゃんをつれて(過去を未来につれていくのはOKらしい)、未来の世界へ帰ってしまいます。

その直後に大ケガを負ったズクが羽衣を取り戻して返ってきますが、おときは旅立った後。

ズクは誰にも言わずに羽衣を松の木の下に埋めて息絶えます。

結局羽衣は過去の時代の誰の手にも渡りません

ズクは命がけで(本人はわからないまま)タイムパラドックスを阻止しました。

しかし、本人はおときに会えないまま息絶えてしまいます。

タイムパラドックスが阻止されたという意味では、物語はハッピーエンドです

ですが、ズクが力尽きる最期は何とも悲劇です。

悲劇ではありますが、ズクはタイムパラドックスを阻止した英雄です。

ただ、ズクの歴史への貢献は誰も知るところがありません。

羽衣編は非常に短い物語ですが、歴史の中にはズクのように知られざるささやかな英雄がいることもそっと教えてくれます。

まとめと羽衣編の最終ページの謎

「火の鳥・羽衣編」の感想でした。

「羽衣編」は最後のページに女性と赤ちゃんの人形が描かれます。

この人形はおときと、おときとズクの間に生まれた赤ちゃん「やや」でしょう。

人形が解体されて首が取れているので少し怖く感じますが、未来に帰ったおときと赤ちゃんが死んでしまったとか、そういう怖いメッセージではないんじゃないかと思います。

これはおそらく「羽衣編の舞台は人形劇だったんだよ」という手塚治虫のお遊びメッセージなのではないでしょうか。

「羽衣編」は非常に短いお話ですが、未来でも戦争、タイムスリップしてきた平安時代でも戦争と、人の最大の業である戦争が描かれます。

ていうか、火の鳥シリーズを通して戦争は数多く描かれますね。

火の鳥の大きなテーマのひとつが「生命の尊さ」ですが、生命を最も粗末にする行為とは、やはり戦争なのかもしれません。

実は火の鳥の羽衣編は、雑誌に初めて掲載されたときは、未来の戦争はもう少し核戦争の色が濃いものとして描かれたそうです。

単行本化の際に大幅に書き直したそうなのですが、書き直す前の羽衣編も読んでみたいなあ…。

羽衣編は、角川文庫版だと復活編の後ろに収録されています。

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