ミスチル「マシンガンをぶっ放せ」歌詞を解釈!「見えない敵」の意味を考える

音楽
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最近、頭の中でよく流れている曲がMr.Childrenの「マシンガンをぶっ放せ」です。

もともとミスチルの歌の中ではかなり好きな1曲なんですが、「最近頭の中で流れているのはなんでだろう?」と思ったら…。

愛せよ 目の前の疫病を

憎めよ 無能なる組織を

なるほど。20年以上も前に作られた曲なのに、まるで現在の状況を歌っているような歌詞があるんですね。

ミスチルの歌はエッジの効いた歌詞が多い一方、リスナーに謎かけするような思わせぶりな表現は少ないです。

そのおかげで深く考えると逆によくわからなくなってくるということはあまりないので、ちょっと歌詞の意味を解釈してみました。

「マシンガンをぶっ放せ」は何を歌っている?

まず「マシンガンをぶっ放せ」の歌詞全体は、こちらUta-Netでご覧ください。

「マシンガンをぶっ放せ」が発売されたのは1996年です。

私はこのころは高校生で、私の周囲の女友達はミスチルの桜井さんとB’zの稲葉さん好きであふれてましたね~。

ぽこ
ぽこ

高校野球オタクの私には敦賀気比の内藤投手の方がカッコよかったですけどね!

「マシンガンをぶっ放せ」には「核実験」「マシンガン」「兵士」…と、戦争を連想させる言葉が続きます。

ミスチルの歌には反戦をテーマにしたような歌がいくつかあるのですが、「マシンガンをぶっ放せ」は、ストレートな反戦の歌には聴こえません。

出だしの

あのニュースキャスターが人類を代弁してしゃべる

「また核実験をするなんて一体どういうつもり?」

というフレーズは、実際に1995年にフランスが行った核実験について歌っていると言われます。

私にはこのフレーズは、核実験への反対というより(他の歌を聴けばミスチルは反戦意識を持つアーティストであることは間違いないと感じますが)、「人類を代弁してしゃべる」ことへの違和感を歌っているように聴こえます(後述します)。

「マシンガンをぶっ放せ」は反戦歌というより、1995年に起きた2つの大きな出来事、地下鉄サリン事件をはじめとした一連のオウム真理教事件、阪神・淡路大震災による、日本の不安な世の中を歌いあげているように感じます。

触らなくたって神は祟っちゃう

救いの唄は聴こえてこないさ

こういったフレーズは、予想をはるかに超えた大事件・大災害に無力感を感じる人々を表しているのではないでしょうか。

「マシンガンをぶっ放せ」で歌われている疫病とは?

さて、現代の新型感染症拡大による不安を抱えた私たちにとって、やはり気になるのはここのフレーズですね。

愛せよ 目の前の疫病を

憎めよ 無能なる組織を

ここで歌われている「疫病」は、おそらくHIVです。

少なくともこの歌を発売直後に聴いていた時の私は「何だろう?」と疑問に思うこともなく、疫病=HIVだと理解していました。

では「無能なる組織」は?

これも私は疑問に思うこともなく、薬害エイズ事件に関わった組織だと解釈していました。

マシンガンをぶっ放すべき「見えない敵」は、疫病そのものではなく、その疫病への対処を間違う組織=人間の方だと。

うーむ。このフレーズは、時代を超えても響いてくるものがあるますね…。

今回の場合は「そして僕にマスクをくれ」と続くんですかね?…いや、マスクではなく「正しい知識」かな?

「愛せよ」「憎めよ」というメッセージをどう受け止める?

「マシンガンをぶっ放せ」は全体として、「善悪二元論では語れない複雑な世界を生きていくための哲学を自力で生み出せ!」というメッセージに聴こえます。

歌の中には「愛せよ」「憎めよ」というフレーズが繰り返されますが、その対象を順番にまとめてみます。

愛せよ憎めよ
目の前の不条理都合のいい道徳
目の前の疫病無能なる組織
単調な生活生まれてきた悲劇
鏡に映っている人物飼いならされちまった本能

最初の2つは対比になっていますが、最後の2つは必ずしも対比はされていません。

こうして並べてみると…ニーチェのニヒリズムに近い思想を感じますね。

この歌の中で「愛せよ」と言われているのは、現実の世界と生活です。

それに対し、「道徳」「組織」「飼いならされた本能」といった、不条理な現実に対抗するための現代社会のツール的なものは「憎めよ」と言われています。

要するに不条理だらけの現実の世界を直視して受け止めろ世界の不条理を何とか解消しようとするツールはロクなものではないから頼るな…そんな感じのメッセージでしょうかね。

この分類でピンとこないのは「生まれてきた悲劇」ですね。これは「愛せよ」の部類に入る気がするんですが。

これは「生まれてきた悲劇を憎め」という意味ではなく、何か不条理を感じた時に世界や他者を憎むのではなく、自分がこの世界に存在していること自体が原因なのだと考えろ…って感じなのかな。

そして不条理な世界を生き抜くためには、誰かが作った道徳・組織といったツールに追従せず(飼いならされるなということ)、自分自身の哲学を持て…というメッセージにつながっていくように思います。

「共存」という深いキーワード

「マシンガンをぶっ放せ」を現代の状況で聴くと、心に残るワードが「共存」です。

殺人者も聖人も凡人も共存していくしかないんですね

触らなくたって神は祟っちゃう

救いの唄は聴こえてこないさ

毒蜘蛛も犬も乳飲み子も共存すべきだよと言って

偽らざる人がいるはずないじゃん

この現実に目を向けなさい

実は、私が「マシンガンをぶっ放せ」で一番解釈しづらいのが、この「共存」を歌っている部分です。

1番では、殺人者も聖人も凡人も共存していくしかないから、触らなくたって神は祟る…ただ生きているだけでも運が悪ければ大犯罪・大災害に巻き込まれる…救いはないと歌います。

それに対し2番は「共存すべきと偽らざる人がいるはずない」…二重否定でわかりづらいですが、「共存すべきとウソをつかない人はいない」→「共存すべきでないと皆ウソをつく」、その現実に目を向けろとなります。

1番だと「共存するしかない」、2番だと「共存は現実ではできない」…こうなりますよね。

これは、どちらがこの歌の「本音」となっているんだろう…。

私には1番の「共存するしかない」が本音、しかし、2番で「現実的には共存はできない」と自嘲気味に歌う…そんな感じがします。

今回の感染症で言えば…感染症に強い若者も、弱い高齢者や持病持ちの人も、ウィルス保持者も、ウィルスの元の宿主だった動物も(コウモリ?)、ウィルスそのものも、同じ世界に生きている以上共存するしかないわけですよね。それが偽らざる世界の形です。

しかし現実には共存は難しく、海外では数ある医療資源が末来ある若者のために使われ、高齢者が切り捨てられるという事例が起きたと報道されました。

逆に、今回のウィルスは若者にとっては特に自粛する必要もない代物ですが、弱者にウィルスを拡散しないために学校の部活動や就職活動などが制限され、中には夢や未来を犠牲にされた人もいるでしょう。

利害が対立した時に、現実では共存ではなくどちらかの利益が優先される…ということは今回に限らずよくあることです。

本来なら「共存するしかない」世界で共存を放棄する…それは仕方のない決断であることもありますが、共存の放棄が安易になされるようになると、世界はどうなっていくのか…。

共存の放棄は、結局個人どうしやグループどうしの利害の対立を深め(現に日本では感染症が世代間の溝を大きくした感もある)、長期的には戦争が起きやすい世の中を作っていく気もします。

短期的には正しい判断が、長期的に見ると正しいとは限らない…。

しかし目の前の現実を生きている私たちは、とりあえず短期的な判断を迫られてしまう…。

正しい答えなんてものはどこにもない…ということですね。

「見えない敵」とは何か?

正しい答えはない…そんな世界で私たちに忍びよってくるのは「これが正しい答えですよ」という誘惑です。

参考書を持って挑んだんじゃ一生謎は解けぬ

…本来ならそのことを心に留めておかなければならないのですが、

宗教も化学もUFOも信じれるから悲惨で

科学や論理、宗教、オカルトといった形で「正しい答え的なもの」はすり寄ってきて、私たちはそれを信じてしまう…。

もちろんこのフレーズは当時の世相を思えば、オウム真理教事件の影響が感じられますが、人間が科学もオカルトも同じように信じてしまう普遍的な危うさを表現しているとも解釈できます。

この普遍的な危うさは…現在でもたとえば「デマ」のような形で「悲惨」を生み出します。

サビのフレーズである

見えない敵にマシンガンをぶっ放せ

で歌われる「見えない敵」とは、私にはこういった「正しい答え的なものを掲げて忍びよってくる何か」だと感じられます。

ぽこ
ぽこ

一見「正しい答え」を教えてくれる味方に思えるので、「見えない敵」なのかなと。

不条理な世界を生き抜くただ一つの方法は、世界に正しい答えは存在しなくても、自分の頭で考えて納得できる答えにたどりつくこと

だから、正しい答えのようなものをちらつかせて寄ってくる「見えない敵」を自分に近づけるな…それが「マシンガンをぶっ放せ」といういう意味なのかな。

そういう意味で出だしのニュースキャスターが人類を代弁していること(=人類にとっての正しい答えを決めつけていること)は、この歌では否定的ニュアンスに響きます。

まとめ

「マシンガンをぶっ放せ」は丁寧に歌詞を読み解いていくと、私には「自分で考えろ!」というメッセージとして聴こえます。

20年以上も前の歌ですが、現在の状況にも紐づけて考えることができる、普遍的なテーマを歌っているということですね。

やや表現がきついところもありますが、基本的には私はこの歌のメッセージには共感します。

パンデミックという未曽有の経験をしている私たちですが、その中でどう生き抜くのか自分の頭で考える力が試されている…その意味では応援歌にすら聴こえてくる歌です。

「マシンガンをぶっ放せ」は1996年に発売されたMr.Childrenの5枚目のアルバム「深海」に収録されています。

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「マシンガンをぶっ放せ」は、アルバム「深海」が発売になった後にシングルでも発売されました。

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