【高校野球】投手の球数制限は本当にルール化する必要がある?

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今年も高校野球ファンにとっては、高校野球の夏がやってきました。

2019年の高校野球で話題になっているのが、新潟県が春の大会で導入しようとして話題になった「投手の球数制限問題」です。

ぽこ
ぽこ

球数制限について、私なりの現段階の考えを、頭の整理も兼ねてまとめておくにしました。

私は球数制限「どちらかといえば反対」です

まず、最初に私の現在の立ち位置を書いておくと、高校野球における投手の球数制限のルール化にどちらかといえば反対です。

その理由を箇条書きにしていくと、

  1. 球数制限したい投手・チームは個人的にすればよい
  2. 球数制限が必要なのはごく一部の投手・チームだけなのでは?
  3. 球数制限をルール化しなければいけないような現場自体を変革するべき
  4. 球数制限によってむしろ試合は長引く恐れがある
  5. 高校野球はプロ野球の下部組織ではない

…などの理由があります。

ひとつずつ見ていこうと思います。

球数制限はやりたい人がやればいいのでは?

まず、最初に書いておきたいのは、私は球数制限自体に反対なのではなく、球数制限をルール化することに反対です。

球数制限はしたい人、したいチームはすればよいと思います。

でも、そんなのは個人やチームで決めればいいことであって、ルール化するのはちょっと違うよな、と。

投手によって限界の球数は違うでしょうし、チームの方針によっても変わってくるでしょう。

そんなのは、各チームでしっかり話し合って決めればよいことだと思います。

もうこれだけ投手の投げすぎ問題がクローズアップされているわけですから、この問題がタブーだなんて時代ではないでしょう。

予選初戦で消える半分のチームに球数制限は必要?

首都圏在住の私は、地方予選を初戦から見る機会があります。

実は勝ち抜きトーナメントの夏の大会は、初戦で全国で半分のチームは敗退してしまうんですよね。

地方予選の中継を見ていると、部員数がギリギリだったり、投手が一人しかいなかったり、そんなチームも多いです。

予選初戦で負けてしまうチームが全国の高校野球の半分を占めるのに、投手の球数制限を一律で決めてしまうなんて…。

一握りのエリートのためのルールを、本当に高校野球全体に適用させるべきでしょうか?

現場の改革の方が長い目でみれば重要では?

私は最初に

ぽこ
ぽこ

球数制限はやりたい人、やりたいチームは自由にやればいいだけの話では?

と、書きました。

しかし「それは実情のわかっていない人間の意見だ」と思う方もいるかもしれません。

「現場では選手は監督、コーチに本音を言えない。チームが勝つことが優先される場で、自分はこれ以上投げたくないとは言えない」と。

でも、これは高校野球における指導の現場で、改革していかなければならないことですよね。

もちろんチームが勝つことは大事ですが、それは個人(しかもアマチュアの高校生)を犠牲にして成り立たせてはいけません。

指導者は選手と、今後の野球人生をどうしたいのか、どのくらいの球数がその選手の投球数として適切なのかなど、しっかり対話すべきでしょう。

そして、選手が自分の意志を指導者にしっかり伝えられるように、昔の軍隊のような上下関係が残っているチームは改めていかなきゃですよね。

球数制限をルール化してしまえば、こういった現場の改革は必要なくなりますので、楽と言えば楽かもしれません。

ですが本当に問題なのは、「これ以上は投げたくない」ということを言えないという実情なのではないでしょうか。

高校野球の現場は少しずつ変わりつつあると思いますが、球数制限のルール化は、この面倒な対話を放棄させてしまう側面もあるのではないかと感じます。

球数制限でむしろ試合が長引き選手に負担が…

投手の球数制限問題が出てくると、必ず言われるのが

待球作戦が蔓延するのでは?

ということです。

そりゃ、そうですよね。

交代してほしい投手がマウンドに入る場合、一定数の球数を投げさせればマウンドから降ろせるのであれば、ファールで粘ってフルカウントにして、多くの球数を放らせようとするのは当然の作戦となります。

そして試合は長引き、選手を守るために導入したルールが、むしろ選手に負担をかける結果になると。

待球作戦を禁止するのは、野球というスポーツを考えた時に非現実的です。

打ちたい球が来るまで待つのは打者として当然ですし、ファールで粘るのがNGだなんて、あまりにも投手に有利すぎますよね。

高校野球はプロ野球の下部組織ではない

さて、最後に付け加えたいのが、ちょっと感情的な理由です。

高校野球の球数制限の議論は、やや感情的な言い合いになることも多いのですが、私はその気持ちがわからなくはないです。

20年以上も前、高校野球を見始めたころに購入した高校野球雑誌の話ですが、「スカウトの目」を特集したページで、見出しが「今年は不作」と書かれていました。

この見出しを見た時に、私は

ぽこ
ぽこ

むきーっ!!!高校生、いや人間に対してもっと違う言い方はできないのか!?

となりまして(笑)。

それ以来、私はドラフト的な視点「のみ」で高校野球を論じることに、アレルギーを持ってしまうようになりました。

ぽこ
ぽこ

高校野球やっている選手の全員がプロ野球選手になりたいわけじゃないんだけど!むしろそんなの一握りなんだけど!高校野球はプロ野球の下部組織じゃないんだけど!

と、今でもすぐ感情的になってしまいます。三つ子の魂、百まで…。

私のようなタイプがこの球数制限論を見ると、球数制限推奨は「スカウト側からの意見でしょ!」とか思っちゃうんですよね(笑)。

いや、プロ志望の投手はマジで球数制限した方がいいと思いますけど、そんなの自分で制限すればいいだけの話。

それをわざわざルール化すれば、アマチュア向きの一人で完投タイプの投手を持つチームも、まだ余力があるのに投手交代しなければならなくなり、結果的にプロ向きの投手を複数抱えたチームが有利になる…。

そんなチームが勝ち進むとドラフトで騒ぎたいマスコミと、甲子園スターを指名したいプロ野球が大喜び…。

「球数制限は誰得なの!?」と、感情的に陰謀論に走ってしまいそうになる私がいるわけです(苦笑)。

球数制限論争が感情的になりやすいのは、こういう風に高校野球ファンにもいろいろなタイプがいるからなんだと思います。

球数制限にはひとつだけメリットを感じる…

そんな私ですが、球数制限にはひとつだけメリットを感じています。

「それは球数制限があることで、監督さんたちは助かる面があるだろうな…」ということです。

投手起用は監督采配の中で最も難しいもののひとつだと思いますが、うまくいかないと批判されやすいです。

エースを早めに変えると批判される、逆に投げすぎさせても批判される…監督はツライよ…。

そこに球数制限のルールがあれば、投手起用は「ルールだから」の一言で済ますことができる場面もあるでしょう。

まあ、これだけのメリットのためだったら、「別に球数制限なくていいよ」という監督さんも多いでしょうけどね。

参考記事として、秋田県の監督さんのアンケートでは、球数制限に反対という意見が多かったようですね。

参考 球数制限、65%が「反対」 秋田の監督にアンケート(朝日新聞デジタル)

まとめ

というわけで、現時点での球数制限に関する私の考えをまとめてみました。

ぶっちゃけた要約をすると

ぽこ
ぽこ

やりたい人は自由にやればいいじゃん。何でルール化しなきゃいけないの?

ということになりますね。

まあこれは、私はNOが言えるタイプの性格だし、人からは愚かだと思われても自分の価値観を貫きたいタイプだし、自分の性格がかなり反映されているなあ…とは思います。

「現場の現実とはちょっとズレた意見かもしれない」とは、自分でも思います。

でもユーミンの「ひこうき雲」のフレーズとして歌われる

ほかの人にはわからない…(中略)…けれどしあわせ

こういう価値観も尊重してほしいよなあ…との気持ちがあるんですよね。

ちょっとセンチメンタルすぎるかな?また考えが変わることもありそうなので、そのときはまた追記しようと思います!

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