「月と六ペンス」読書感想文!良心を持たない画家と虚栄なき愛

月と六ペンス 本の感想
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英文学の古典、「月と六ペンス」を読みました。

さっそく感想を書いてみます!

「月と六ペンス」のざっくりとしたあらすじ

月と六ペンス (新潮文庫) [ サマセット・モーム ]
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「月と六ペンス」は、架空の画家の評伝というスタイルを取った小説です。

証券会社に勤め、裕福な暮らしをしていた男が、ある日突然妻と子どもを捨てて、芸術の道へと進んでしまう…。

芸術追求にとらわれるあまり、周囲の人間のことを顧みず、自分の道を突っ走る奇人の一代記のようなものです。

この実質上の主人公、画家ストリックランドは架空の人物ですが、19世紀末~20世紀初頭に活躍した画家ゴーギャンがモデルだそうです。

ゴーギャンがモデルとはいえ、実際のゴーギャンの人生とは大きく違う点がたくさんあり、ゴーギャンの伝記として読むことはできないそうです。

この小説が独特なのは、ストリックランドの人生の一時期と関わった作家の「私」が書いたストリックランド伝というスタイルを取っていることです。

ストリックランド自身が語った自伝でもなければ、ストリックランドの人生を中立的な視点で事実として描く三人称小説スタイルでもありません。

主人公はストリックランドなのに、別の「私」が語っているため、純粋なストリックランド伝ではなく、「私」のフィルターを通したストリックランド伝となっています。

この「私」が(最後まで名前も出てこないのですが)、ストリックランドの物語に対して妙に引いた、醒めた感じの視点から描いていて、「私」が物語にホットに関わろうとしない雰囲気が、村上春樹の小説をちょっと思わせました。

全体のあらすじとしてはこんな感じです。

「月と六ペンス」は面白かった?

ここからは本のあらすじのネタバレを含みますのでご注意ください。

さて、読み終わってみて「月と六ペンス」は面白かったか。

率直な感想を言うと…

ぽこ
ぽこ

途中まではすっごく面白かった!でも終盤がつまらなかった…。

「私」の「引いた・醒めた」視点から描かれる、ストリックランドが家族を捨て、パリでストルーヴェ夫妻の人生を壊し、パリを発ち私の前からいなくなるまで…は、非常に面白いです。

ストリックランドの持たない「良心」とは何か?

月と六ペンス

家族を捨て、絵を追求する以外のことはしない、半分ニートのような生活を送るパリでのストリックランド。

「みんながあなた(=ストリックランド)のように振る舞ったら世界は回らなくなるでしょう」

「ばからしい。おれのように振る舞いたいやつなんかいるものか。たいていの人間は退屈な行き方に満足しているんだ」

この辺の「私」とストリックランドのやり取りは非常に面白かったです。

ストリックランドに良心はない。

良心とは、社会が個人の心に送り込んだスパイのような番人で、個人の世間へ受け入れられたい欲望、世間から批判される恐怖をかきたて、人間を社会に尽くす奴隷に仕立て上げるのだと。

文明化された人間社会にとって、こういう良心を持たない存在は厄介です。

ストリックランドは他人などどうでもよいし、他人にも自分を放っておいてほしい。とにかく絵が描ければよいのです。

ぽこ
ぽこ

で、最後までストリックランドがその孤独な生き方「自分のためだけに自分ひとりで生きていく」を貫けば、物語は面白かったんだと思うんですけどね…。

ストルーヴェの愛論がスゴイ!

ハート

この物語の第二の主人公とも呼べそうなのが、ストリックランドがその人生を踏みにじったストルーヴェという画家です。

小太りに丸い目というコミカルな容姿で、「いい人」すぎて周囲からは良いように扱われ笑われ、生まれつきの道化師なんて文中では紹介されます。

お人好しで、困っている人を見たら何も感謝されなくても放っておけない…ストリックランドとは正反対の人物です。

ぽこ
ぽこ

画家は画家でも、ありきたりのつまらない絵しか描かないという設定も、奇才ストリックランドと対比されている感じです。

このストルーヴェは、貧窮していたストリックランドに親切にしたあげく、妻を取られてしまうのですが(しかも妻はストリックランドに最後は捨てられる)、あっさりと妻を許します。

自分は女にもてるタイプじゃないから仕方ないと言うストルーヴェに対し、「私」が「きみほど虚栄心のない男はみたことがない」と言います。

その後のストルーヴェのセリフは結構スゴイです。

僕は自分自身よりもはるかにブランチ(妻)を愛している。虚栄から生まれる愛なんて、自己愛の産物にすぎない。

ほえー!!!

何だか目が覚めるようなセリフですね。確かに、世の中にあふれている「愛」って、ほとんど自己愛の産物かもしれないですね。

相手に見返りを求める恋愛、自分に近いからという理由での家族愛…ここらへんはそれが良いか悪いか別にして、自己愛の延長です。

「愛」は絶対正義で、「愛」があれば何でも許されるという風潮がありますが、自己愛から生まれる場合、「愛」はそれほど尊いものではなく、人間にとって普通の本能なんじゃないか…。

他者から見返りを求めないストルーヴェは、現実にこんな人間いるかどうかは別にして、ストリックランドの生き方の対極として、非常に印象に残りました。

文明VS野生という二項対立が物語を単純にしてしまった…

月と六ペンス

さて、私がこの物語を退屈に感じたのは、ストリックランドがタヒチに発ってからですね。

タヒチでのストリックランドは、自分に構わない若い妻や子どもたちに囲まれ、文明から離れた山中で心静かに芸術を追求して生涯を終えます。

これを孤高の画家の姿をして描いているのだけど…ストリックランドは若い妻についてこう言います。

「おれを放っておいてくれる」

「おれに食事を作り、子どもの世話をする、おれのいうこともきく。女に求めるものをみんな与えてくれる」

イヤ…これ孤高の生き方じゃないでしょ。

単に男尊女卑が残る島で、自分に都合のよい人間をゲットしただけじゃないの…。

また、タヒチでストリックランドと知り合ったという人物たちが何人か出てきますが、皆、魅力的な人物として描かれます。

要するに物語の終盤は「文明はダメ、南の島は正しい」みたいな、つまらないメッセージばかりが発されている気がします。

ちなみに「月と六ペンス」というタイトルが、月=芸術や自然、六ペンス=文明社会を表しているのではないか?という説もあるそうです。

「月と六ペンス」は、ストリックランドがタヒチに行くまでは、単純でない視点から深く人間や社会を洞察している、気の利いた文がたくさんあるので、個人的には終盤の失速が残念でした。

まとめ

「月と六ペンス」の感想でした。

終盤が面白くなかったのは、私が実際に九州の南の島に住んだ経験があり、そこで感じたハートフルなだけではない、離島ならではの閉塞感の記憶が影響しているかもしれませんね。

そんなわけで、私にはあまり合わない小説だったのかもしれません。

月と六ペンス (新潮文庫) [ サマセット・モーム ]
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