中島みゆきさんの楽曲「with」の歌詞について、考えてみます!
「With」ってどんな楽曲?
「with」は1990年6月に発売された、中島みゆきさんのアルバム「夜を往け」の一番最後に収録されている楽曲です。
アルバムが発売された2ヶ月後には、シングルとして発売されています。
中島みゆきさんの曲は、シングル発売→アルバム収録の順番で発表されることが多く、アルバム→シングルの順番は珍しいです。
ちなみにシングルのカップリング曲は、「夜を往け」の次に発売された「歌でしか言えない」というアルバムに収録されている「笑ってよエンジェル」。

この「笑ってよエンジェル」は、個人的には「with」とはあまりマッチしない楽曲で、この2曲がセットになったシングルというのは不思議な感じがします。
また「with」は1991年公開の映画「息子」のイメージソングにも使われていますが、この映画のために書き下ろした曲ではなく、映画が既に発表されていた「with」を、後からイメージソングとして採用したという流れになっています。
withはプロポーズソング!?
「with」はどんなテーマの歌なのか…というと、私はズバリ、プロポーズソングだと思っています。
誰だって旅くらいひとりでもできるさ
でも、ひとりきり泣けても
ひとりきり笑うことはできない
with…そのあとへ君の名を綴っていいか
with…淋しさと虚しさと疑いとのかわりに
人生はもちろん一人でも生きていける(「誕生」にもこのフレーズがありますね)。
ですが「ひとりきり泣けても」…つらいことは一人で噛みしめることはできても、「ひとりきり笑うことはできない」=幸せをしっかり味わうためには、隣に誰かがいなければならない。
これ、確かにそうですよね。
笑うという行為は、一人でやっていると傍から不気味に見えてしまるため遠慮してしまうものです。

電車の中とかで面白いメールとか受け取ってしまうと、笑いをかみ殺してしまいますよね。
もちろん孤独に生きても幸せなことはありますが、笑顔で幸せを思う存分味わうためには、誰かがそばにいた方がよいのは確かなことです。
一人で生きる人生は「淋しさ」「虚しさ」「疑い」といった、泣くことにつながる感情は自由に味わえるけど、笑うことにつながる感情を味わうのが難しい。
だから孤独な人生につきものである「淋しさ」「虚しさ」「疑い」の代わりに、君に一緒にいてほしい。
うん、これはプロポーズですよね。
中島みゆきさんの歌で結婚式に歌われる楽曲としては「糸」が有名だと思いますが、私は「糸」より「with」派ですね!
他者との距離と届かない言葉
さて、「with」は「僕と一緒に生きてくれないか?」というプロポーズソングなのは間違いないと思いますが、端々にパッと意味を取りにくい歌詞が出てきます。
まず、冒頭。
僕のことばは意味をなさない
まるで遠い砂漠を旅してるみたいだね
何となくわかるようで、わからない…。
「僕のことばは意味をなさない」のが、なぜ「まるで遠い砂漠を旅してるみたい」なのか。
続くフレーズは、
ドアのあかないガラスの城で
みんな戦争の仕度を続けてる
…こことつなげて考えると、「僕のことばは意味をなさない」というのは、「僕の言っていることは相手の心に届かない」と解釈できるのではないでしょうか。
「みんな」は「ドアのあかないガラスの城」の中にいる。「ドアのあかないガラスの城」は、人の心の中の比喩だと考えられます。
心の中では「戦争の仕度」=他者に対して身構えているけれど、ドアは決して開けない=他者には心を開かない、心の中を見せない。
「みんな」がこうやって心を閉ざしているため、僕の言うことは信じてもらえないし、しっかり受け取ってもらえない。
こう考えると、「遠い砂漠」の「遠い」は他者との距離感、「砂漠」は砂がサラサラとこぼれ落ちていくように、僕の心が相手に届かないことを示しているように思われます。
ちなみに1番の冒頭にくらべると、2番の冒頭はかなりわかりやすい歌詞になっています。
生まれる前に僕は夢みた
誰が僕と寒さを分かちあってゆくだろう
時の流れは僕に教えた
みんな自分のことで忙しいと
子どものころは、これから苦楽を共にする恋人や仲間に出会うことを夢みていることでしょう。
ですが大人になるにつれて、人は自分のことで精いっぱいで、誰かと何かを分け合うような余裕がないことに気づく。
中島みゆきさんの恋愛ソングは、そういった現実を絶望や諦念で捉える歌も多いのですが、「with」はそれでも共に生きていく相手を求めます。

そういった意味で、やっぱり結婚式とかで歌うのに向いている気がしますね。
「旅」は何を意味するか?
「with」で何度も登場するのは「旅」という単語です。
まるで遠い砂漠を旅してるみたいだね
旅をすること自体 おりようとは思わない
手帳にはいつも旅立ちとメモしてある
誰だって旅くらいひとりでもできるさ
この「旅」が何を意味するかというところも、興味深いところです。
中島みゆきさんの歌では、「旅」という言葉はよく使われます。
「時代」「流浪の詩」といった昔の歌から、「旅人のうた」「永遠の嘘をついてくれ」などの比較的新しい歌まで、本当によく出てきます。
中島みゆきさんが使う「旅」は、「場所や立場を固定せず流れるように生きる」という意味で使われることが多いです。
そんな生き方のもつ孤独性やさびしさが歌われることが多いですが(「時代」「流浪の詩」)、逆にまだまだ様々な夢を追い求めるというポジティブな意味で歌われることもあります(「永遠の嘘をついてくれ」)。
「with」では、「旅をすること自体おりようとは思わない」とあるように、どちらかというとポジティブな意味で使われている感じがありますね。
人生を固定する気はない…それでも、そんな固定しない旅のような人生を、一緒に歩いてくれる伴侶がほしい…そんな感じかなあ。
要するにやっぱり、これはプロポーズソングだと思うんですよね。
結婚を人生の終着点にする気はない、それでも一人旅はやめて、誰かと一緒に旅をしたい…みたいな。
今までは「遠い砂漠」を旅していた=孤独で人に心が届かない人生を生きていた…けど、誰かに心が届くような旅をしたい…そんな感じですかね。
「ガラスの城」という表現の秀逸さ
「with」という楽曲の秀逸さは、繊細な電子音で始まるイントロと、冒頭で歌われる「ガラスの城」という言葉が非常にマッチしていることだなと思います。
「ガラスの城」は人間の心の中をたとえているというのが私の解釈ですが、そう考えると、この表現、実に絶妙ですね。
「ガラス」なので、人間の心は頑丈なようで実は壊れやすい。
「ガラス」なので、ドアを閉ざしていても外から透けて見えてしまう。
また「ガラス」なので、割れてしまうと破片となり、誰かを傷つける武器にもなってしまう。
人の心はどれだけ隠しても隠し切れないものがあるし、壊れやすい一方で誰かの心を壊す武器にもなってしまう。
そんな「ガラスの城」を抱えた私たち人間ですが、それでも誰かと分かり合ったり、一緒に生きたりすることを諦めない。
「with」は結婚式に合う歌ではありますが、逆に孤独な時に聴いても心に響くものがあると思います。
まとめ
中島みゆきさんの「with」の歌詞を考えてみました。
「with」は名曲ですが、中島みゆきさんのファン以外にはあまり知られていない印象があります。
30年以上前の歌ですが、今聴いても古さを感じない曲で、一人でも多くの人に聴いてほしいなあ…と思う楽曲です!